
今回は4章IV「こうである必要はない」について書きます。
これもとても有名なところですね。
そして、
「で、結局私何したらいいねん?」
と、思うことが多い奇跡のコース「テキスト」の中で
「具体的に何をする」のかはっきり書いてあって
初心者の私にとって、
「そっか!やってみよう」と、動機づけをもらったところでした。
こうである必要はない
もしもあなたが
「喜びに溢れていない」時は
喜びに溢れていないのは何かがおかしいのだ、と気づきなさい。
て、ことです。
喜びにあふれていないとき
本文;あなたが喜びにあふれていないときは常に誤って選んだということだがーそのときには、そうである必要はないと知りなさい。
クラスでは、
例えば、
「友人から誘われて何かのイベントに行くことを決めた」
けれども、そのイベントに、大して興味がないのに、ちょっと高額。。。
誘われた時は、
誘ってくれたことがとてもありがたく嬉しいので、「Yes」と言ったけれど
後々考えると「だんだんと重い感覚に変わってきてしまった」
という実際の経験から、皆さんで考察しました。
自分自身が本当に「喜んでいますか?」
「喜ばせたい」という思いと混同していませんか?
「喜ばせることが自分の喜びであること」を見失っていませんか?
喜びがない状態は、
避けられないものでも、仕方のないものでもなく、
選び直しが可能な状態です
ご自分の心がどのように感じているのか、
無意識の心の動きに、意識を向けていくことについて具体的に書かれているのです。
憂うつであるとき(奪われていると感じるとき)
憂うつとは、ほしいのに手に入らない何かが自分から奪い取られている、という感覚から生じるものである。
ここでは直接「こうである必要はない」とは続きませんが、
すぐ後に、
あなたは、自分自身の決断によらなければ、何も奪い取られはしない
と続きます。
つまり、
憂うつという状態そのものが、選び直せるものとして扱われています。
不安であるとき
あなたが不安であるとき、不安感は自我の気まぐれから生じると認識し、こうである必要はないと知りなさい。
不安もまた同じ構造です。
罪悪感を感じるとき
あなたが罪悪感を感じている間は、あなたの自我が指揮権を握っている。
そしてそのあとに、
こうである必要はない。
と続きます。
罪悪感は「正しい感覚」ではなく、
自我が主導しているサインとして扱われています。
自我に引き込まれているとき(疲労・散漫・霊の放棄)
このあたりは少し読み取りが必要な箇所です。
このような自発的な霊の放棄をやめたとき、あなたには自らの心がいかにして集中力を発揮し、疲労を超越し、癒えることができるかがわかるだろう
そして最後に、
こうである必要はない。
ここで言われているのは、
- 心が散漫になること
- 疲れてしまうこと
- 集中できないこと
それらすべてが、
避けられない状態ではないということです。
落胆しているとき
落胆している者たちは…もとより自我のみが落胆し得るのである。
ここでも同じ流れです。
落胆はあなたの本質ではなく、
自我の反応として説明されています。
テキストで一番最初に書かれているのは「神を代弁する声(聖霊の声)」です。
神の声が聞こえないとき
もしあなたが神を代弁する声を聞くことができないとしたら、それはあなたが聞くことを選ばないからである。
「聞こえない」のではなく、
聞かないことを選んでいるということ。
これは、最初に読んだ時には、さっぱりわからなかったので、
皆さんも「聖霊の声」自体全然わからないのに、「???」と
私と同じように感じられるとおもいます。
つまりどういうことかというと、
ここに書かれている
- 喜べない
- 悲しい
- 憂うつ
- 不安
- 罪悪感
- 疲労・散漫
- 落胆
している要因は「聖霊の声」と共にいないから?
と、自問自答することを習慣化していくこと、
そして、
いろいろなネガティブな感情が上がってきた時には
これは「そうならざるを得ない現実」ではない。ということ。
断固として、エゴの声じゃない方を選ぶのだという意志をもつこと。
なぜ have ではなく、need が使われているか?
私はこの文章でneed が使われていることに注目しています。
must(~してはならない)という「禁止」や、
have to(~せねばならない)という「強制」ではなく、
あえて need(~する必要性)という言葉が選ばれているんです。
エゴはよく
「こんな状況なんだから、不安になるのは当然だ(必然だ=need)」と
私たちに囁きます。
でも、イエスは
「それは、あなたの幸せにとって全く**必要(need)**のないものだよ」と
教えてくれているのです。
「禁止」されているからやめるのではなく、
「必要がない」から手放す。
この表現の違いが、
私たちの心に「あ、持っていなくていいんだ」という本当の自由を与えてくれます。
それは必然ではなく、
選び直しができるもの。
今日も、心をチェックして、選び直していきたいと思います。
ーーー
奇跡のコースやヒーリングについて、
日々の気づきや実践をメールでお届けしています。
「ACIMを読むだけではなく実際に変わっていきたい」
そんな方は、こちらからご登録ください。
▶︎ メルマガ登録はこちら






