今回は5章III「救済への導き手」の8〜11段落について書きます。
月曜夜のクラス「奇跡のコースをよんでみよう」の振り返り、後編です。
前編では4〜7段落を読みました。後編では8〜11段落をお届けします。
前編はこちら → 奇跡のコース解説ノート|聖霊の声はなぜ聞こえないのか(第5章III節4〜7段落)
奇跡を「この世界のラッキー」で終わらせない(T-5.III.8:1-4)
あなたは自分ひとりで自分自身を理解することはできない。(奇跡講座:中央アート出版訳 T-5.III.8:1)
自分のことは、自分ひとりではよくわかりません。だから、解釈し直してくれる聖霊が必要です。
聖霊が思い出させてくれるのは、一なる子の中にある、あなたの本当の場所です。それがあなたの生命であり、永遠であり、本当の自己です(T-5.III.8:2-4)。
ここで私の失敗談をお話ししました。
アメリカにいたとき、働くためのビザが、ひょんなことから昔の会社の先輩とつながって出してもらえた、という奇跡が起こりました。本当に素晴らしい奇跡でした。
でも私は、「体の私にとってラッキーなことが起こった!」と受け取ってしまったんです。本当に学ぶべきだったのは、願ったときに、それだけの命の力があるということでした。
この世界の中でいいことが起こるのが奇跡だ、と解釈したものだから、そこから4、5年、奇跡の理解が伸び悩みました。先生に一番怒られたポイントだと思います。
奇跡が起きたら、そこで止まらず、必ずその奥にあるものを思い出してください。
平安はエゴの最大の敵(T-5.III.8:7-13)
平安は自我の最大の敵である。(奇跡講座:中央アート出版訳 T-5.III.8:7)
静かな平安のままでいようとすると、「なんで働かないの」「生活していけないよ」とエゴが圧力をかけてきます。エゴは争いの中で強くなるのです(T-5.III.8:8)。
もしあなたが争いというものがあると信じるなら、凶暴に反応することになる。(奇跡講座:中央アート出版訳 T-5.III.8:9)
たとえば、向こうからちょっと怖そうな人が歩いてくると、ピキンと構えますよね。駅で段ボールのおうちの前を通るとき、私も緊張が走ります。何もされていないのに、です。
それは「危険だ」という考えが心に入り込んだからで、それ自体がエゴへの訴えです(T-5.III.8:10)。
危険の信号に敏感なのは、エゴも聖霊も同じです。でもエゴは「来たぜー!」と歓迎して喜ぶ。聖霊は「危険はないから大丈夫」と、平安を歓迎することで対抗してくれます(T-5.III.8:11-12)。
永遠と平安はセット、時間と戦いもセット(T-5.III.8:13)。平安の中にいながら時間に追われる、ということはありえないのです。
知覚は「関係性」から意味を引き出す(T-5.III.9)
「関わり」は「関係性」と読み替えるとわかりやすいです(T-5.III.9:1-2)。
「あの人はこういう人」「あの人は絶対私のこと嫌い」。そう決めた関係性が、あなたの信念の土台になってしまいます。一度決めると揺るがなくなります。
分離とは、分裂した心の別名にすぎない。(奇跡講座:中央アート出版訳 T-5.III.9:3)
嫌いな人がいる、というのは分離の状態です。でも本当は、自分の心の中に分裂した部分があるということ。自分の中の嫌いな部分をすごく表す人が目の前に現れると、その人を遠ざけようとするのです。
嫌いな人が現れたら、「私の中にまだ分離した心があるんだな」と受け止めてみてください。
そして、嫌いだと思い続けることで、それを毎日強めているのは自分です(T-5.III.9:5)。本文には「あなたは自分の心に誤って知覚させているかもしれない」とあります。そんなとき、聖霊が「そうじゃないよ」と、もう一度解釈し直させてくれます(T-5.III.9:6)。
聖霊は完璧な教師(T-5.III.10)
聖霊は、あなたの心がすでに理解していることだけを用いて、あなたがそれを理解していないということを、あなたに教える。(奇跡講座:中央アート出版訳 T-5.III.10:2)
私とあなたとでは、心に響く部分が違います。聖霊は、その人に合わせて教えてくれます。だから、人によって経験する奇跡が違うのです。
そして聖霊は、気の進まない学習者にも、逆らわずに対処してくれます(T-5.III.10:3)。ワークブックを絶対やりたくない日があっても、自分を責める必要はまったくありません。
神の一部であるあなたは、神の平安の中でしか、くつろぐことができない。(奇跡講座:中央アート出版訳 T-5.III.10:7)
連休にくつろごうとしても、連休の中にくつろぎはありません。永遠の中でくつろいでください、と書いてあるのです。
過去の傷が「今」癒やされる瞬間を見逃さない(T-5.III.11)
聖霊は、あなたの救済への導き手である。なぜなら、聖霊は過去と未来のものごとの記憶を保ち、それらを現在へと運んでくるからである。(奇跡講座:中央アート出版訳 T-5.III.11:9)
私たちを一番苦しめるのは、未来の心配と過去の失敗です。聖霊はそれを「今」に運んできて、癒やしてくれます。
これはぜひ覚えておいてほしいのですが、新しく出会った人との関係の中で、昔の傷ついた体験が今癒やされる瞬間が必ず来ます。それは小学校のときの人間関係かもしれないし、前の職場のことかもしれない。何が起こるかは本当にわかりません。でも、そのためだけに人は現れるのです。
そして、心の交流が生まれた瞬間に気づいてください。何気ない「おはよう」でも、邪気なく優しく言えたとき。「こんなふうに挨拶できる私がいるんだ」と。
そのときに聖霊に「気づかせてくれてありがとう」と伝えて、その喜びを分かち合う。それが、聖霊が私たちに求めているたったひとつのことです(T-5.III.11:10)。
「聖餐」とは(T-5.III.11:8)
11段落に出てくる「聖餐」は、ミサでキリストの肉とされるパンと、血とされる赤ワインをいただくことです。キリストの血と肉を自分の中に取り込む。つまりひとつであるということ。聖霊はそのワンネスの一部です。

奇跡のコースの本文を少しずつ読み進めています。
月曜日午後8時から zoom開催
どなたでもいつでも参加いただけます。
文章は画像でシェアしますので、本を持っていなくても大丈夫です!
https://www.reservestock.jp/page/event_series/88934
聖霊の声を聞く練習会(リーディング練習会)の日程は、月間スケジュールでご案内しています。
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