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お見舞いに行くバスの中で考えたこと、、、

スピリチュアルな学びでは

カラダではない
といわれて、

病気になっても苦しまない
病気になっても痛くない
なんて思ってしまうけど、

「実感としてすごっく身についた!」
「本当にそうだ!と思う」のとは
ちょっと違うんだよね。

でも わたしは 

「確実に以前より病気は怖くないなー」 と思う

わたしは
子宮がんかもしれないと言われた時

やっぱり 心臓がドキドキした

 

その後の半年ごとの検診で
何かの検査でひっかかった時も
ああ ガンになっちゃった。 と 心臓がドキドキした

 

だから やっぱり 病気になること
死んじゃうことを心配しているんだなぁ
奇跡のコースを何十年やっても
そんなもんなんだなあと思う

でも 確実に心は楽

それはね
多分

病気になることは地獄に落ちること
悪行(わたしの場合は怠けグセ)の数々のバチとして、天が罰するのではない
心で知ってしまったから、

それが一番の違いかな。と思う。

悪行も善行も ナーンも関係なく
カラダは いつかはダメになるモノ

それとわたしという生命は関係がなく
そのままあり続けるということを
知っている

だから カラダがどうこうなることが
わたしという存在への 天の最終的なダメ出しなのではないと知っている

それが支えになって
カラダの不調に対して
パニックになることはなくなった

そういう感じですね

わたしという不滅の存在という真理を
痛くなったり 苦しくなったりすることで
何度も何度も思い出させてくれるチャンス

そのために カラダという勘違いがあるのかな?

どんどん衰え、機能が少しずつ止まっていく
「父のカラダ」に会いに行くバスで
そんなことを考えました。

 

 

 


 

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