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奇跡のコース解説ノート|エゴのコミュニケーションと本当のコミュニケーション(第4章VII節前半)

 

今回は4章VII「創造と親交(コミュニケーション)」について書きます。

親交:コミュニケーション

タイトルに「親交」という言葉が出てきますが、これは英語版ではコミュニケーションです。

A course in miracles  の中には、コミュニケーションは183回出てくるようです。
極めて重要な言葉と言っていいですね。

加藤美代子先生の翻訳版では
コミュニケーションの中でも、最上位のコミュニケーションのみを「親交(コミュニケーション)」と翻訳しているそうです。(冒頭のテキスト編翻訳についてより)

ここでは、エゴのコミュニケーションと、本当のコミュニケーションの違いについて、丁寧に解説されているところです。
そして、この地上で「創造する」とはどういうことか?という話にまで言及されていきます。
この世で創造するってどういうことだろう?と、読んでいて思うことありませんか?
その謎が、ここで一度明かされます。

エゴのコミュニケーションとは何か

エゴのコミュニケーションには、大きな特徴が三つあります。

① 極めて具体的

エゴはいつも、具体的なことを言ってきます。

「時間がない」
「お金がない」
「あの人がこうだから」
「これもあれもやらなきゃいけない」

エゴが挙げ連ねるあれこれは具体的です。

② 自分を守るために繋がりを切断する

エゴのコミュニケーションは、自分を守る必要によって動いています。
脅威を感じた時には、コミュニケーションを遮断します。

③ にせの普遍化をする

そしてエゴは、「にせの普遍化」をします。
例えば、近所にうるさい人がいるとしますよね。
で、その方がちょっとトラブルをよく引き起こす。
そんな時、私たちは。「あの人は〇〇だから」といって自分を納得させようとします。

わかりやすいのは、「〇〇人」だから。と よその国籍のせいにする。ということ。
なぜ、これがここに書かれているか?というと、
自分が「日本人だから」となった場合に「日本人=和=ワンネス」みたいな誤解を招くからだと思います。

つまり、これは一見、抽象化しているように見えてしまうということです。
でも、考えてみなくても、すぐにわかることですが、真の意味での「みんなが一つ」という本当の抽象性とは、まったく別物です。

霊のコミュニケーションとは何か

では、霊のコミュニケーションは?

真実だと知っているすべてのものに対して、同じように反応します。
判断しない。例外を作らない。変更もない。

たとえば、ヨボヨボのおばあちゃんが来たらやっぱり親切にしようと思う。
その隣にいる元気な若者には普通に接する。
これも、すでに「区別」しているんです。 それがいいとか悪いとかではなくて、私たちは「知覚」に頼って自動的に区別する、ということです。

しかし、霊の目線では、
90歳のおばあちゃんも、18歳の若者も、同じ神の子。
知覚したその瞬間に「違う」判断する。その時にはもうエゴの方に入っているよ、ということをここでは言っています。

そして、もう一つとても大事なこと

エゴが息巻いて「あの人とは絶対口をきかない」と思っていても、
神の子としてのあなたの本当の実態は、その人と愛でつながったままです。

ですから、どんなにプンスカしていても、
本当のところではその人とあなたはつながっています、とここには書いてあります。

ーーーー

「存在」「実存」「実在」の三つの違い

奇跡のコースを読むとき、
なんとなーく読んで
しまうので
この3つがこんがらがります。

ちゃんと、一つ一つの意味を押さえましょう。

🟠 存在(Existence)

ここでは、存在するという一般的な意味と思って良いようです。

エゴが信じている、分離した個別の自己のことです。
時間と空間の中に限定された存在。
「私はこういう人間で、あなたはあなた」という見方がここに入ります。

※今回のクラスでは、「existence」という言葉を、エゴが信じている分離した個としての存在という文脈で扱いました。
『奇跡のコース』全体では、文脈によってより広い意味で用いられている箇所もあります。

The ego is the part of the mind that believes your existence is defined by separation. (ACIM, T-4.VII.1:5)
エゴとは、「自分は分離した存在である」という信念を抱いている心の部分である。

Existence as well as being rests on communication.
²Existence, however, is specific in how, what and with whom communication is judged to be worth undertaking. (ACIM, T-4.VII.4:1-2)

存在(existence)も実存(being)も、ともにコミュニケーションの上に成り立っている。

しかし存在(existence)は、どのようにコミュニケーションするか、何についてコミュニケーションするか、誰とコミュニケーションするか、
その価値を選別し判断する。

⁷Remember that in the Kingdom there is no difference between having and being, as there is in existence. (ACIM, T-4.VII.5:7)
天国では「持っている」と「在る」は同じです。しかし分離の世界(existence)では、その二つは別物だと考えられている。

🟢 実存(Being)

神の真の存在のことです。これは大文字で書かれます Being
ここで語られているのは 小文字のbeing ですので
分離していると思っている私たちですが、本当は、実存 beingである というように読むといいと思います。

Since only beings of a like order can truly communicate, His creations naturally communicate with Him and like Him. (ACIM, T-4.VII.3:7-8)
同じ秩序(order)に属する**実存するものたち(beings)**だけが真にコミュニケーションできるので、神の創造したものたちは自然に神とコミュニケーションし、また神と同じようにコミュニケーションする。
That is why the mind cannot totally lose the ability to communicate, even though it may refuse to utilize it on behalf of being. (ACIM, T-4.VII.3:12)
だからこそ心は、たとえそれを**実存(being)**のために用いることを拒んだとしても、コミュニケーションする能力そのものを完全に失うことはできない。

Existence as well as being rests on communication. (ACIM, T-4.VII.4:1)
存在(existence)も実存(being)も、ともにコミュニケーションの上に成り立っている。

Being is completely without these distinctions. (ACIM, T-4.VII.4:3)
実存(Being/being)には、そのような区別はまったく存在しない。

God, Who encompasses all being, created beings who have everything individually, but who want to share it to increase their joy. (ACIM, T-4.VII.5:1)
あらゆる実存(being)を包み込んでいる神は、すべてを個々に持ちながらも、それを分かち合うことで喜びを増したいと望む実存するものたち(beings)を創造した。

⁷Remember that in the Kingdom there is no difference between having and being, as there is in existence. ⁸In the state of being the mind gives everything always. (ACIM, T-4.VII.5:7-8)
王国においては、存在(existence)の世界にあるような、「持つこと(having)」と「実存すること(being)」との違いはないことを覚えておきなさい。実存の状態(the state of being)**においては、心は常にすべてを与えている。

🔵 実在(Reality)実相(Reality)

実在も実相も英語ではreality です。

リアリティは、通常現実と日本語訳に訳されますよね?

現実という言葉を読むと、「この世界、今起きている方のこと」と私たちは自動的に思ってしまうので、

実在、実相という言葉を使用しているそうです。(冒頭のテキスト編翻訳についてより)

実在は 神が創造した、真にあるもの。
実相は、その実在がそのままある状態。と、捉えると良いようです。


私たちは普段、「分離した状態」の目線で生きています。
「私は私、あなたはあなた」という分離した世界の見方です。

でも本当は、「実存(Being)」として神とつながっていて、
「実在(Reality)」である愛の世界に生きています。

この三つを頭の隅に置いておくだけで、奇跡のコースの文章がぐっと読みやすくなります。

ーーーー

心は常に一切を与える

与えても減らない。だから、安心していること。

砂漠にいるとします。
三人いて、水が一リットルしかない。

私たちはすぐ思います。
「三分の一ずつに分けるしかない。でもそれだと足りないかも。」

誰かに与えると、自分の分が減る。
これが、「存在(Existence)」の世界の発想です。

でも「実存(Being)」の世界では、与えても減りません。
シェアをしあうことで、むしろ増えていくと書いてあります。

Nothing real can be increased except by sharing. (ACIM, T-4.VII.5:2)
「実在するものは、分かち合う以外のやり方では増大させられない」 「奇跡講座:中央アート出版訳 T-4.VII.5:2」

お金も、愛も、時間も、
与えると減ってしまうと私たちは思っています。
でも、それはエゴの見方です。

与えることで増えていく。
これが、本当のコミュニケーションであり、創造であり、神の子としての私たちの本来の姿です。

ーーーー

エゴの中にどっぷりいると気がつくだけで大丈夫!

私たちはたいていエゴに入っていて、それに気づいていません。
どうしよう、どうしようとぐるぐるしている時は、もうエゴの中にどっぷりいます。

でも、「あ、今エゴの方を選んでいるな」と気づいた時。
その瞬間、もう聖霊の方に半分顔を向けています。

気づくだけでいい。
気づいたら、「お願いします」と委ねる心がもう動いていると思います。

そして、苦しいのは、

どうしてもエゴから抜けられない時ですよね。

それでもいいので、安心しているといいです。

今苦しい。それは、「あの時エゴを選んだ、だから今苦しいをみているんだな。」と分かっている時、
人のせいにはしていないから、自分の責任を他者に押し付けることで、罪悪感スパイラルに入ることから立ち止まっていますから。


奇跡のコースの本文を少しずつ読み進めています。
月曜日午後8時から zoom開催
どなたでもいつでも参加いただけます。
文章は画像でシェアしますので、本を持っていなくても大丈夫です!

https://www.reservestock.jp/page/event_series/88934

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